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東京高等裁判所 昭和29年(う)2020号 判決

控訴人 原審弁護人 足立達夫

被告人 斎藤辰次郎 望月与平 片瀬つや

検察官 山口一夫

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、末尾添附の弁護人作成名義の控訴趣意書と題する書面記載のとおりである。

按ずるに、日本国憲法第二二条第一項により保障される、居住の自由とは、居住者自身、その欲するところに従い任意に住所又は居所を定め得ることを意味するのであつて、他人を居住させる自由を迄も包含しないものと解すべきを相当とする。

ところで、所論の静岡県売春取締条例(昭和二八年一〇月一三日静岡県条例第五九号)は、その第六条に、「売春のために、他人を自己の管理する家に居住させた者は、一年以下の懲役又は二万円以下の罰金に処する」と規定しているのであるが、此の規定たるや、売春のために、他人を居住させることを禁止する趣旨であることは、その明文上一点の疑を容れないところであつて、此の規定を以て売春の目的のためにする婦女の居住を制限したものと解する余地は全くない。されば右条例の規定が右憲法の規定に抵触若くは違反するが如きいわれないのは勿論、また当然憲法第三一条の規定に違背する無効のものと論ずべき筋合ではない。而して地方自治法第一四条第一項は、普通地方公共団体は法令に違反しない限りにおいて、第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができるとしているのであるが、売春のために、他人を自己の管理する家に居住させるが如きは、右地方自治法第二条第三項第一号の「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」及び同項第七号の「風俗又は清潔を汚す行為の制限その他の保健、衛生、風俗のじゆん犯に関する事項を処理すること」の必要上、これを禁止するのがまさに、相当とすべき所であるから、前示静岡県売春取締条例第六条の所罰規定は、憲法上いささかも非難さるべきものではない。所論は、該規定の意味に対する誤解の上に立つて、該規定の違憲を主張するに過ぎないのであつて到底採用し難く、論旨はその理由がない。

仍つて刑事訴訟法第三九六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 中野保雄 判事 尾後貫荘太郎 判事 渡辺好人)

控訴趣意

一、本件に関し島田簡易裁判所は本年六月七日静岡県売春取締条例第六条を適用し罰金壱万円に処する旨判決言渡を致したり。

二、其の判決理由に依れば被告人が売春の為め子女を居住せしめたりとの事実を認定し之を静岡県売春取締条例第六条違反なりとして有罪の判決を致したるものなり。

三、凡そ国民が居住権を有し且つ之を憲法により保証せらるるは国民生存の基本的人権に依るものなり。憲法には所謂居住そのものは各国民各々独立してその目的を有するものなり。即ち売春の目的の為めに居住すると云ふが如き事は附会せるごまかしの観念なり。売春を為す行為ありとして一概に之を居住の全目的を売春に帰するが如きは居住権の本質を弁へざるものと云わざるべからず、所謂こぢつけて国民を法網にかけんとするものなり。

四、憲法第二十二条に居住の自由を認むる以上之を制限するは当然国会の協賛を得たる法律によらざるべからざるは人権尊重の憲法の精神に則り明なるものと解すべく一自治体に依る見解によりて之を制限するのはその法令其のものが憲法違反として無効のものなりと認む。然らざれば公共の福祉を害する虞ありとして如何なる場合に於てもその認定に従い地方議会が勝手に国民の居住を制限するが如き規定を設くる幣に墜るに到らん。

五、根本的に考えれば売春そのものが果して法律観念として公共の福祉に反するや否やも何等判然と我国の法令の規定無きものにして目下其の集団的行為の可否等が立法問題となりつつある次第なり。売春そのものを法的に所罰するか否かも未決の問題たるなり。

六、反射的に子女の居住権を奪ふ前記静岡県売春条例第六条の如きは越権のものにして法律上の問題としては結局人権無視、憲法違反のものとして無効を主張せざるを得ず。

七、憲法第二十二条に旧憲法の如く立法事項の明示なき故を以て法律によらずとも居住の制限を為し得べきが如き解釈を為すは民主的憲法の精神に反する解釈にして当然居住制限の如きに国会の承認を経たる法律によるべきものと解すべきなり。

八、原判決は詳細に亘る理由をかかぐと雖も極めて社会感情との妥協的の解釈を取りたるものにして真に国民の人権を尊重する趣旨に出でざるものにして不当のものと認む。

以上の理由により原判決を破棄し右静岡県条例第六条を無効のものとして被告に対し無罪の御判決あらん事を望む。

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